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Cartographer

  • 執筆者の写真: 聡 竹内
    聡 竹内
  • 2023年8月5日
  • 読了時間: 3分

そのカードゲームは隣町の模型屋に売っているらしい。

夏休みが始まるとすぐ、僕らは自転車に乗って家からすぐ近くの「川向橋」に集合した。うだるような暑さだったけど、ペダルを漕いで感じる風と日差しは心地よく感じた。
この橋から河口に向かって延々と続く砂利道は初めて通る。11年しか歩んできていない僕らの狭い脳内地図には記録されていない。
どのくらい漕いだら到着するのかもよく分からなかったので、橋の袂に佇む駄菓子屋さんで食料という名の駄菓子を買い溜めした。

一息ついていたら、遠くから僕を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、いつの間にか”キミリン”と”コウヤ”が顔がよく見えないほど先の河川敷で僕を待っていた。
先を急ぐ彼らに煽られた僕は、手に持っていたジュースの残りを飲み干し、マウンテンバイクにまたがった。3年乗っていたが、初めてギアをマックスのトップギアに切り替える。力強く踏み込んだのと同時に僕はひとり川岸を駆ける夏の風になった。


初めて”ギャザ”を見たときから、小学校当時周りで流行っていた他のカードとは雰囲気が違ったのを憶えている。大人っぽさや奥ゆかしさみたいなものが漂っていた。
イラストは油絵で描いたようなものもあれば水彩画のような絵もあり、中世ヨーロッパ風のカードデザインもあいまって古のタロットカードのようだった。

遊び方は何一つわからない。けどキミリンが持ってきたホビー雑誌でそれを目の当たりにした僕は心を躍らせた。
それが確か3週間前だったと思う。


少し息を弾ませながら二人に追いついた後は、僕らは横並びでずっと川沿いを走った。
畑や雑種地に囲まれた鶴見川の空は広かったが、道は時折僕らの背丈よりも高い藪に覆われたりして視界の変化を繰り返した。一度だけ何車線も車が通る大きな橋の下をくぐったこともあった。
分岐点に差し掛かったところでコースは支流に移った。僕らは名も知らぬ細くて小さな川沿いを進んだ。人がなんとか行き来できるほどの小さな橋を一つ渡って畦道を下ると、ようやくここで車道に出た。

新しい町。
板金屋や修理工場が並ぶ細い通りを自転車で通ると、鉄を焼く音と匂いを感じた。
町工場を抜けると、いつになく大きな通りに出た。バスやトラックが目の前をすごいスピードで行き交う。もうここがどこかすっかりわからない。でもこの道も僕の家の前の大きな道ときっと繋がっているんだろう。
そのすぐ脇に、模型屋はあった。思ってたよりも随分小さくて、壁や軒先のテントは大型車が巻き上げる粉塵で煤けていた。
外のディスプレイには零戦みたいな戦闘機やガチガチにチューンナップされたオフロード車の模型が飾られていた。ひっそりと、けれど確かな存在感を醸し出していた。
キミリンが重そうな扉を開くと鈴が鳴り、僕も後に続いた。エアコンの冷気と一緒に少しカビの匂いがした。

明るい店内だった。目の前にはガラスウインドウに入った大きな電車模型のランドスケープがあり、その周りにプラモデルが所狭しと積まれていた。かき分けるようにして僕らは探索した。
その繊細さとマニアックさに圧倒されたが、僕らの目的はこれじゃない。
レジの前まで進み、その下のショーウインドウにギャザはあった。箱入りとパックの1種類だけだと思っていた僕は、バリエーションの多さとパッケージに驚いた。
不気味な顔のゴーレムのイラストに、カリグラフィーでタイトルが描かれたパック。英語はおろか筆記体なんて小学生の僕には読めない。
モスクのような建物が描かれたちょうどトランプが入るくらいのボックスには、日本語版と英語版があった。”PORTAL”と書かれている。

何もかも分からなかった。けど胸が高鳴ったあの瞬間、カルトと幻想のポータルの前に僕は立っていた。


〜未完待續〜

 
 

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